そして、喪失がはじまる

 よく似た容姿の少年と少女はお互いを睨むように見合い、少年は拳を握り、少女は唇を噛みしめた。
少年はマジック、若くしてガンマ団総帥の地位にある。
少女は、マジックの双子の妹である。
 マジックの苛立ちは限界を迎え、ここ最近はその矛先はに向かっていた。
彼が総帥位に就く事が決定した時、は家と家族を内側から守り、マジックは外敵から守ると約束した。
二人は双子の兄妹であると同時に、父親と母親の責任を自らに課したのだ。
だが、その均衡がここに来て崩れかけている。
 家族の中に入り込んだ、新たな補佐官。
マジックも彼に信を置き、人当たりの良い補佐官にも、弟達も心を許した。
だが、彼にとっては目障りな存在だった。
覇道を歩む者にとって、拠り所が脆弱な存在であってはならない。
だからこそ、マジックに提言したのだ。
『戦う力すら持たない、これからも持ち得ないだろう彼女を守りたければ遠ざけろ』と。
 精神的に疲弊し、未だ頼る者を求める少年でしかないマジックはその囁きに抗う事が出来なかった。
父とマジック以外、誰も知らないの秘密を彼は忘れていたのだ。
矢面に立つ事を選んだマジックに匹敵する秘石眼を、彼女もまた宿している事を。
冷静なマジックであったなら、補佐官の言葉を否定する事も出来ただろう。
だが、限界までその力を使おうとしないと、父が築き上げた強固なセキュリティとが相まって『無力な総帥の双子の妹』像を創り出してしまったのだった。
、何度も言わせるな!」
「私が納得するまで、何度でも聞くわ!どうして私だけ!?」
 悲痛な叫びと共に大きく一歩、はマジックに歩み寄る。
10分と変わらずこの世に生を受けた双子だが、既に20センチ近い身長差がある。
それを物ともせずに詰め寄るに、マジックの苛立ちは沸点を超えた。
「邪魔なんだよ!女なんかに生まれるからっ、面倒が増える!」
 言った瞬間、マジックは我に返って自分の片割れを見つめた。
あんな台詞を吐くつもりはなかったし、考えてもいない筈だった。
だが実際の所、が年頃に近づくにつれて、彼女への縁談が舞い込むようになっていた。
それを回避しながら外交を進める事に、マジックは疲れていた。
 茫然と見開かれたの青い瞳は、マジックが見守る中、急激な速度で光を喪い、それまで兄弟に対して開け放たれていた彼女の心の扉が固く閉ざされたのを、彼は正確に理解した。
「わかった…」
 たった一言、それだけを小さく呟いたは、マジックの顔に一度も視線を走らせないまま、重い扉から姿を消した。
それを言葉を失ったまま見つめるしかなかったマジックは、の姿が廊下に消えた事を確認する前に力なくソファに倒れ込んだ。
 何故、あんな台詞が出てきたのかも理解できない。
と言う存在そのものを否定する、最悪な暴言だ。
反芻し、吐き気を堪えるように口元を覆った手は震え、喉に大きくて熱い塊がこみ上げてくる。
「…っぐぅ」
 喉の奥で押し殺した悲鳴が僅かに漏れ、鼻の奥でも不快な痺れが走る。
これまでの兄妹喧嘩でも発した事のない、最も残酷で心無い台詞はだけでなく、マジック本人も酷く傷つけた。

 この時は誰も、これが喪失の始まりだとは、知る由もなかった。