優しい星の降る夜に

 よく晴れた日の夜、星が瞬く様子に魅入られたように、は屋敷を抜け出す。
そんな女主人の行動を案じた執事や世話係のメイド達は密かに彼女の後をつけ、その身に危険が及ばないようにと気を配っていた。
だが、その行動もの知る所となる頃には、常に万が一を考えるセキュリティ担当兼護衛のレクサスだけとなった。
 少女には不似合いな苦笑を浮かべながらそれを許容したは、今日もふらりと屋敷を抜け出し、星の光が降り注ぐ庭園の一角へと垣根を越えて踏み込み、いつもとは違う光景に息を飲む。
 ひゅっと鳴ったの喉の音にいち早く気づいたレクサスは、主を守るべく手を伸ばすが、当の主自身がそれをすり抜け、見慣れない光景を創り出した存在へとゆっくり近づいてゆく。
様!お待ち下さい!!」
 語気荒く制止する声も今のライラには囁きほどにしか聞こえない。
この屋敷に入って初めて、見知らぬ人間に会った。
好奇心ではち切れんばかりの少女に、レクサスの口から深い嘆息が漏れる。
「ねぇ、大丈夫?」
 控え目にかけられる声は小さく、うつ伏せに倒れている人物は身動ぎもしない。
そこでは戸惑うように護衛に視線を向け、困ったようにその人物を指し示す。
それに誘われる様に目線を走らせ、主の戸惑いの原因に行き当たった。
うつ伏せに横たわる人間は驚いた事に、腰蓑だけ、正しく半裸で横たわっているのだ。
様、お下がり下さい。これは不審者です。いえ、変質者です」
 はっきりきっぱりすっぱりと断定したレクサスは、主を背後に庇いながら懐から拳銃を抜き出しそろりと近付く。
 後2歩程の距離まで詰めても当の人物は微かにも動かない。
用心深く磨きこまれた革靴の先で腹部を突き、それにすら反応がないと知ると肩口に爪先を押し込み、てこの要領でその身体を仰向かせる。
 より2歳ほど年上だろうか?
黒髪に鍛えられた身体つきの少年が固く瞼を閉ざし、胸元で握りしめた拳からは何故か、木の破片が覗いている。
「レクサス!大変、この人、怪我してるわ」
 の声に鋭い視線を走らせれば、脇腹から出血している。
血は既に乾き、どす黒く変色しているが決して浅い傷ではないだろう。
素早くそれらを見て取ったレクサスは、この不審者をどう始末するべきか逡巡し、視界の端で頭を覗かせている幼い主を見やる。
 総帥であるマジックならば、調査の後に不審あらば始末をと命じるだろう。
だが、現在の彼の主は好奇心に満たされ、この不審者を連れ帰る気、満々である。
様、一度、お屋敷に戻りましょう。これは他の者に運ばせます」
「…お部屋、用意しましょう。お医者様も呼ばなくちゃ!」
 これは犬でも猫でもないと反論したかったが、いくら言っても無益だとこの数カ月で悟ってしまった哀れな護衛官だった。
「…ぐ……っ」
 二人の問答の最中、倒れたままの人物から声が漏れ、驚きと共に見やれば黒曜石のような、曇りのない眼が訝しげに向けられていた。
「誰、だ…?ここは…」
「こんばんは。変質者さん」
 とんでもない名前で呼ばれた少年は傷の疼きも忘れて少女を凝視し、護衛官は目頭を押さえながら嘆息した。
 澄み渡った夜空に幾万幾億もの星が煌き、それが降り注ぐかのような日に二人は出会った。
 誰かにとっての悪夢であり、誰かにとっての悲劇。
そして、それらを生み出した者にとっての、喜劇が紡がれてゆく。
これはそんな出逢いとなる。