絶望は静かにやってくる

 1日置きに入っていた姉からの連絡がこの所途切れがちになり、この一週間は一度も無い。
それに不安と不満を募らせたハーレムは一人、通信室に侵入して姉の住む別荘へとコールした。
本来これは長兄によって禁じられているが、その兄は2週間前から遠征で帰っていない。
何故マジックがへの連絡を禁じているのか、それは次兄ルーザーにも分らないらしい。
だが、ルーザーが深夜、人知れずに近況を報告している事もハーレムは知っていた。
 数回のコールで見知った執事の顔が現れ、幼いハーレムにも丁寧な挨拶をする様を辛抱強く待ち、の呼び出しを要請する。
穏やかな笑みを浮かべた執事の姿が一端消え、程無く現れるだろうと期待した顔はそこには現れず、再び執事が顔を出す。
「ブレイド、どーゆーことだよっ!姉貴は?!」
「ハーレム様、申し訳ございません。様はご気分が優れないようで…」
「そう言って、もうずっと姉貴から連絡ないんだぞっ」
 感情的に叫ぶ子どもの高い声に、執事は表情を曇らせるしかない。
ハーレムも分かっているのだ。
この忠実な執事はの言葉を伝えているに過ぎない。
主であるがNOと言えば彼もそれに従うしかない。
理解している事と納得する事の間には遠大な距離が存在する。
幼いハーレムは唇を噛みしめ、感情をぶつける相手を求め、乱暴に通信を叩き切った。
 苦しい。
父の死から数年、家族の中に響く不協和音は確実に大きくなり、ハーレムの精神を不安定にさせている。
ハーレムだけに限らず、サービスも表情の変化が乏しくなり、ルーザーは部屋に閉じこもる事が増えた。
マジックに至っては兄弟との会話も殆どなく、呼びかけても冷たい眼で見返される。
 がいなくなってから、それらの不協和音が響き始めた。
兄弟間の不和は、が間に入る事で驚くほどスムーズに修復され、元に戻る。
それが行われない今、兄弟間に走る亀裂は口を大きく開けてゆく。
どうしたらそれらが元に戻るかなど、幼いハーレムには糸口すら見えない。



「いいのか?」
 流れ落ちる涙も拭わずに通信室の外で蹲るに、黒髪のジャンが歩み寄り跪く。
「他に、どうしたらいいの?話をしたらまた、迎えに来て欲しいって言いそうだもの」
 嗚咽混じりに呟き、ジャンを見上げる蒼い瞳は苦痛に濡れ、絶望を宿している。
言えばいい、とは言えない自分に苛立ちを募らせ、ジャンは乱暴に彼女の隣に腰を下ろす。
まるで不貞腐れた子供のようなその行為に、は詰めていた息を吐き出しそっと寄り添うと、無言のまま肩を抱き寄せられる。
「ジャン、私、嘘つきなの…」
 小さな、嗚咽交じりの声は寄り添うジャンにだけ響き、彼の僅かな動きが先を促しているのをに伝える。
「マジックと約束したの。ずっと一緒にいるって。いつだって笑って『お帰りなさい』って言って迎えるわって約束したのよ?なのに、ちょっと喧嘩しただけで逃げ出してきちゃったの…。帰らないといけないの。帰って皆に謝らないといけないのに、ここから動けないの。…怖くて、帰れないの」
 闇を恐れる稚い子供のような呟きは、ジャンに絶望の大きさを伝える。
足音を忍ばせて近付いてきた絶望は、今、深淵の闇となってを包み込み、当初はあったであろう笑顔と快活さを奪っていた。