違うって叫んでやれたら良かったね

 が家族との接触を絶って既に数か月が経過している。
最初の頃は彼女からの連絡がないと3人の弟達から頻繁に入っていたそれも、日を追うごとに回数が減り、今では週に一度あるかないかまでになっている。
 ジャンとの会話から暗い、虚ろな蒼い瞳で空を見上げるに使用人達も戸惑い、腫れものに触る様に、遠巻きになってゆく。
 その様子を見守るジャンは、己の心無い言葉がどれ程彼女を追い詰め、拠り所を奪い取ったかを今更ながらに痛感し、それと共にこれ程脆い精神の『青の一族』に戸惑いを隠せないでいた。
彼の知る青の一族は傲慢で傍若無人な者ばかりだった。
相容れないものは血族であろうと切り捨てる、そんな者達の末裔が何故、これ程に儚いのだろうか?
、そろそろ中に入れよ。また風邪ひきたいのか?」
 日の落ちる様をテラスに座ったまま見つめている薄い肩にストールを掛けながら、落ち着いた声で促せば、その青い瞳が一瞬、光を取り戻す。
「ジャン、私、いつか皆の所に帰れるかしら…?」
 何度その問いを投げかけられた事だろう?
一日の殆どを抜け殻のような状態で過ごし、ほんの僅かな瞬間に焦点を結んだ視線はジャンに据えられ、こう問われるのだ。
 ジャンは過去に聞き及んだ青い秘石の一族に与えられた残酷な予言を脳裏に描き、彼女の望む答えがそこにない事に唇を噛むしかない。
「私、知ってるの」
「え…?」
「私に与えられた時間、もうあまりないんでしょう?」
 紡ぎ出された言葉に想定していた応えを飲み込み、愕然と眼を見開くしかなかった。
彼は知っていた。
戦う事に長けた青の一族の力は甚大であり、それを扱うためには強靭な肉体としなやかな精神が必要なのだ。
だが、は前提となる強い肉体を持たない。
女性の身でそれを求める事自体、無理な注文と言う物だが、それを持たない存在であるは、それでも秘石眼を持って生まれてしまった。
そこに矛盾が生まれる。
 大きすぎる力とそれを支える事が出来ない器。
その矛盾の結果、彼女は秘石眼の力に蝕まれ、徐々にその身体機能は低下してゆく。
 既にその兆候は現れ、このままではは成人する事など、到底できないだろうとジャンの目には映っている。
「なん、で…?」
「自分の事だもの。って言いたい所だけれど、昔、お父様に言われたの。推測でしかないけど、ね」
 久方ぶりに見る笑みは薄く、最初の頃に見た屈託のない笑顔とは程遠い、大人びた自嘲の笑みだった。
それがジャンには悔しくて、遣り切れない思いが募る。
「俺、長生き、してるんだ」
 前後の脈絡のない、会話の成り立ちすら無視した言葉が零れ落ちた。
それに首を傾げ、いつもより長い時間生気を保ったままの蒼い瞳が真っすぐに、ジャンの漆黒の瞳を覗き込む。
「俺、今まで色々な物を見てきた。だから、を救う方法も見つけられるかも知れない」
 彼女の瞳を見返す事も出来ずに俯き、自分自身ですらそれが空言だと解っていながらも、言葉を紡ぎ続けている。
「そうしたら、も前みたいに健康になって、大人になったら、兄弟に会えるようになるかも、知れない…」
 空々しい現実逃避だと自分でも解かる、それでも言わずには居られなかった。
彼女を取り巻く残酷な現実の全てを否定する言葉を持ち得ないからこそ、現実逃避でも僅かな希望に彼自身が縋りつこうとしている証明のようだった。
 柔らかな金色の頭を胸に抱き込み、暮れてゆく空を睨み上げるようにして歯の隙間から息を吐き出すジャンの鼓動を聞きながら、もまた、縋るようにその広い背中に腕を回す。
「それまで、俺が護るから」
「…ありがとう、ジャン」
「友達、だからな。友達は助けあうものだ」
「そうね、友達…」


 夕闇の中、お互いが命綱であるかのように抱き合う少年と少女を知る者は、誰もいない。