君の笑みはあまりにも

 その日の事を鮮明に記憶している者は少ない。
それ程、彼女の周りには人がいなかったのだ。
彼女自身が、人々を遠ざけていた。


 出会って数年、肩の辺りで揺れていた金色の髪は腰に届くほどになり、丸みを帯びた愛らしい容貌は美しさへと変貌を遂げ始めている。
そんなだが、ここ数カ月で体調は悪化し、聞いている方が胸が痛くなるような咳を繰り返している。
常に傍でそれを見守っているジャンは、その日も咳き込むの背を擦り、唇を噛みしめるしかない。
特にこの数日はそれが酷く、ジャンも焦燥を禁じ得ない。
彼女を蝕む秘石眼の呪縛は今もって解けず、それどころか刻々との時間を削り取ってゆく。
 ジャンは日々悪化するライラの様子を見、一つの可能性とそれに付随する危険性の間で葛藤を続けていた。
僅かな可能性がない訳ではない、だが、それを行うのは賭けであり、失敗すればを失う。
その事実の前に立ち竦み、苦しむを前に言葉を飲み込んできた。
だが、次の瞬間、彼は決意せざるを得ない状況に既にある事を認識させられる。
咳き込み続けた末の吐血。
喉が切れただけの鮮血ではなく、どす黒いそれ。
その血を見た瞬間、ジャンは賭けに出る事を決断した。
、ごめん。時間、無くなった。俺、約束守るから。絶対にお前を助ける方法、見つけるから。だから、それまで待っててくれないか?」
「…うん」
 久しぶりに見る穏やかな笑顔は儚げで、ジャンの焦燥をかき立てる。
本当に時間がない、限界にまで来ていた事を今更ながらに思い知る。
「この間できたんだ。スリープカプセルの改造版だけどな、これで寝ててくれ。次に目が覚めたらすっかり元気になってる!」
 泣き笑いのような表情で早口で説明を終わらせようとするジャンに、の白く細い手が延ばされる。
日に焼けた健康そのものの顔を撫で、彼女とは正反対の闇色の髪を梳く。
「夢を見て待っているわ。マジックや弟たちとジャン、みんなでお花見をする夢を見ながら待っているわね?そうして、目が覚めたら皆に貴方を紹介するの」
 無垢で穢れない少女の笑みは鮮烈な印象を残す。
守るものを無くした番人は仇敵の一族であると知りながら、呪われた宿縁を背負ってしまった少女の為に涙を流した。
再び彼女の声で名を呼ばれる為にも、彼は秘石を手に入れる事をその笑顔に誓ったのだった。