嘘だと言って。嘘だと言って!

っっ……!」
 悪夢に魘され、重厚な革張りの椅子から跳ね起きたマジックは荒い呼吸のまま、空虚な喪失感が冷たい汗となって己の背を流れ落ちるのを呆然と感じていた。
喪うべきで無い者を喪った。
数年前に自ら遠ざけた半身を喪う悪夢。
 深く息を吸い込み、自虐的な笑みを口元に湛え、無造作に髪をかき上げる。
に、逢いたい…」
 誰にも聞かれてはならない弱い呟き。
ガンマ団総帥としての地位は未だ盤石とは言えない。
そんな自分がを迎えに行ってどうする?
あの日から悪夢など数え切れないほど見た。
そんな中の一つに嘗て無いほど不安を煽られたからと言って、これまで団内でも徹底した情報統制で隠し続けたの居場所を外部に漏らす訳にはいかない。
の、声が聞きたい…」
 書類が山と積まれたデスクに屈み込むようにして、両手で顔を覆う奥から呻くように漏れる声。
いつも思い出すのは最後に見た能面のような凍てついた表情。
それをさせたのが自分であるにも関わらず、どうして夢の中ですら笑顔を見せてくれないのかと理不尽な苛立ちが募る。
笑顔の記憶が薄れ、増えるのは悪夢の中で泣き続ける顔と苦悶の表情。
そして、無機質な人形じみた死に顔だけ。
…」
 不意に嗚咽にも似た呟きを遮る電子音が執務室に小さく響く。
非常用の直通回線がマジックを現実に引き戻し、一瞬の停滞の後、彼をガンマ団総帥へと変貌させる。
そこに家族に逢いたいと啼く少年はいない。
「マジックだ」
『マジック様っっ』
 弟達の一人だろうと当たりを付け回線を開いたマジックの視界には、画面一杯に焦燥を浮かべる男の姿が映った。
長らく見ていなかったF区の別荘を統括している執事の顔に、先程までの不安が再び胸を圧迫する。
「久しいな、ブレイド」
 不安を押し隠し、親しげに声をかける若き当主に執事は苦悶の表情を浮かべる。
『マジック様…、様が、お亡くなりに、なられました…』
 忠実な執事の言葉はマジックの聴覚を刺激したが、脳がその言葉の意味を理解する事を拒絶した。
張り付いた無表情で画面に見入るマジックに、それでも執事は発見当時の状況と、現状を細かに説明する。
がこの数年、体調を著しく崩していた事、 自分が発見した時、は酷く歪なカプセルに横たえられていた事、それは誰が何をしようとそれが開かれない事、中に横たわるをモニタリングする機器類の全ては生体機能の停止を事を示している事。
そして、その全てを見、そして知っているであろう『の友人』の姿が消えている事。
それら全てを聞き終えたマジックは無言のまま回線を叩き切り、それ以上不快な情報を与えようとする男の顔を画面から消し去った。
が、死んだ…?」
 嘘だ…うそだうそだうそだ!!
あの、笑顔で家族を包んだ半身が、誰にも知られる事無く孤独のままに死んだと云うのか?!
彼女と交わした最後の言葉があの残酷で心無い物なのか?!
 ギリと握りしめた拳が震え、噛み締めた歯は唇を食い千切り、口内に鉄の味が広がる。
力を入れすぎて白くなった拳をぎこちなく広げ、先程乱暴なまでに叩き切った通信機に再び指を滑らせる。
『秘書室です』
「高速飛空艦を用意しろ。今すぐに、飛び立てる準備を」
 この目で確認するまでは、信じない。
が自分達を残して死ぬなど、在っていい筈がないのだ。