夢の結末はいつだって喪失

 制止の声を振り切っての寝室に踏み込んだマジックは己の眼を疑った。
陽光に溢れ、ナチュラルな素材とアンティーク家具が調和していた寝室は、無機質で武骨な鉄の塊に占拠され、そこからは無数のコードが縦横に伸び、部屋を横断している。
…?」
 覚束無い足取りでその鉄の塊に歩み寄れば、逢いたいと願った姿が、夢で見たのと同じ、人形のような顔で横たわっている。
っっ!」
 人払いも忘れ、双子の妹の棺にも等しいそれに縋り、伸びるコードに手をかけるが、それらはどういった作りになっているのかびくともしない。
「何をしている!これを開けろ!!」
「なりません!」
 我を忘れて背後を振り返ったマジックに厳しい叱責が飛び、それが白衣を着た壮年の男であると認識した瞬間、彼の頭に上った血は沸騰し、素早い身のこなしでその男に掴み掛ろうとする。
それを阻んだのは執事である。
負傷で前線を退いたとは言え、元はガンマ団でも指折りの団員だったのだ、如何に総帥とは言え、逆上した少年を捉える事に不安はない。
「マジック様、落ち着いて下さい。この方は様の主治医です」
「貴様等は、こんな物にを寝かせて置くつもりか?」
 噛み締めた奥歯の隙間から唸るように発した声は、冷たい響きを持っている。
「正確には、様は亡くなられた訳ではありません。しかし、最も死に近い状態にあるのです」
 淡々と説く医師の言葉に、頭の血が下がり始めたマジックは、困惑の表情を浮かべながら先を促す。
死んだ訳ではないと言う言葉に希望の光が差したのだ。
「どうやら、これはスリープカプセルを改造した、言うなれば冷凍睡眠装置です。この中で様は死に近い状態、仮死状態で眠っておられます」
「ならっ!早くこれを解除しろ!」
「できません」
 簡潔かつ無情な医師の言葉に再び血が沸騰しそうになる。
再度掴み掛ろうと手を伸ばしかけるが、悲痛に顔を歪めた執事に冷静さを呼び戻された。
「誰が施したのか、それは解りませんが、厳重なロックで封印されているのです。それと、ここから目覚めても様はそう長くは生きられないでしょう」
「どう言う、事だ…?」
 医師の言葉に心臓が凍り付きそうだった。
目覚めさせてもは長く生きられない?
そんな筈はない。
青の一族である限り、その強靭な肉体は病の類、その殆どを寄せ付けないのだ。
事実、自分達兄弟はこれまで病気らしい病気をした事が無い。
様は秘石眼をお持ちだ。そして、そこに宿る力がどれ程甚大か、一族の当主である貴方が一番よくご存じでしょう?」
 医師の感情の籠らない声が冷えた脳に響く。
そうだ、だからこそ…。
「強力な力はそれを制御する強い肉体が無ければ耐えられない。そして、様にはそれが決定的に足りない。女性である彼女にそれを求めること自体が無理なのです。様は生きて成人する事は難しい。それは先代も、様ご自身も理解していらっしゃいました」
 は、あのまま日常を過ごしていても後数年で自分の前から姿を消していた?
「そんな、馬鹿なこと…」
 力無く項垂れた年若い当主に、医師も執事も沈黙するしかない。
まだ少年と呼べる当主と、その片割れの残酷な別離は非情で、世界が無情の理の上に成り立っていると知っている彼らでさえ、辛いのだ。
を、本部に移す。医療設備が整った場所で、を蘇生させる方法を探せ」
「ですが、それはっ!」
「探せっ!これは、命令だ」
 医師の声を遮り、唾を飛ばす勢いで叫んだ少年の眼は揺らぎ、この微かな希望に縋りついている事を大人達に知らしめた。
どれ程強く、カリスマに溢れた人間であろうとも、喪うべきで無い者を喪った時、人はどれ程の狂気に彩られるのか。
それを、目の前の少年が表しているのだ。
「御意」
 受諾の声と共に頭を垂れた大人達は、マジックの言葉を実行に移すべく、慌ただしく動き出す。

 これが、どれ程再会の時を遅らせるかなど、この場にいる誰一人として知る由はない。