Earthly Paradise


ごまかし続けてきた代償


 彼の優しさは人々にそうあれと求められたからであり、自分が抱いていた理想だと気がついたのは何時だっただろう? 世界を知らない子供の、夢の皇子。
彼はそれを見事に演じ、それが彼の習い性となった偽りであると気がついても、為す術を見いだせないで今日まで来た。



「哀しいね。コーネリア」
 優しく寛大で公平な帝国宰相、その仮面を被り続けるシュナイゼルは己を否定した妹に銃口を向け、いつもと変わらない口調でその姿を悼んで見せた。
 カノンとディートハルトと歩み去る彼はそれっきり、コーネリアの存在自体を忘れ去ったかのようで、その場に残されたはゆっくりと、静かに義妹のそばに跪き、乱れた豊かな髪をかき上げる。
「…義姉、上?」
「シュナイゼルにも、肉親の情と言うものは存在したのかしらね…」
 ぽつりと呟き、物陰に控える騎士を手招く。
「妃殿下…」
 鈍赫の軍服を纏うグラストン・ナイツの生き残りである彼は、ギルフォード乱心時以降、隊を離れての命でその真相を調べていた。
コーネリアの騎士たる事を許された唯一の人間であるギルフォード卿の造反など、彼の主の身が敵中にあるとしか考えられなかったのだ。
だからこそ、彼は東京決戦でのフレイヤの脅威に身を晒さずに済んだのだった。
「貴方に与えた任は解きます。元々、コーネリアが戻った時点で無効だったんですもの。彼女を連れてここを離れなさい。蓬莱島に」
 虚ろな視線を向けるコーネリアに手早く止血を行い、決然と命じる高貴な女性に戸惑いを浮かべた騎士は一瞬の躊躇を見せ、それでも優先すべき主の力無い肢体を抱き上げる。
「妃殿下も、おいで下さい。ここは、もう…」
 シュナイゼルの狂気にも似た言葉が脳裏に甦り、彼の正妃である女性の身を案じる。
このままここにいても、彼女もいつか白の宰相に駒として利用される。
「私の事は気にしないで」
「ですがっ!」
「見上げた騎士道精神だわ。でも、いいの。私はシュナイゼルに嫁いだ時に決めたんですもの。『私は彼と共に在る』と。彼の始めた絶望の舞台に幕を下ろさなくては、ね?」
 悪戯を囁く少女のような笑みを浮かべた彼女は、次の瞬間にはその全てを払拭して騎士を促す。
それ以上の言葉は無用と感じた彼も、腕の中の主に極力衝撃を与えないよう、そしてこの気高い主の姿を一目見ようと無理を押して戦場に現れかねない男の身を案じ、身を翻した。
「さぁ、私の戦いはこれからよ。もう、目を背けたり逃げたりしないわ」





お題配布元:ふりそそぐことば
  2008.10.14 紅夜