Earthly Paradise


私が聞きたいのは、貴方の本音なのに


 脱出艇のメインスクリーンに映るルルーシュの言葉は確信に満ち、それに対峙するシュナイゼルもまた、別の確信をしている。
次の手でチェックを打つ者が勝者となるのだ。
そして、シュナイゼルはまだその手にナナリーを握っている。
その駒を的確な位置に打とうと言葉を重ねる背後、既にただの影のように言葉も無く寄り添うは、艇の後方、出入り口の脇に寄りかかりながら男達の攻防を静かに見つめ続けていた。
だからこそ、彼女だけが気づく事ができたのだろう。
 シュナイゼルは気が抜けないルルーシュに集中し、カノンとディートハルトもその遣り取りに固唾を呑んで見入っていた。
入口から入り込んだ微かな空気の流れに、非戦闘員であるディートハルトが気付かなかったのは責められない。
だが、軍人であるカノンがそれを見過ごしたのは失態と言えた。
 音も無くゆっくりと移動したは、僅かに開いた入口から覗くアメジスト色の瞳に向かって微笑み、驚愕する相手に唇に人差し指を当て沈黙を促す事で敵意がない事を示した。
そのまま更に身をずらし、こちらに背を向けたままの夫に向って小さく手で促す。
良いのか?と問う視線の相手に、耳打ちするように、唇だけで続ける。
『私も、明日が、欲しい』
 その声無き言葉に促され、ルルーシュと彼を守る兵士が音も無く侵入を果たした。
訓練されたルルーシュの忠実な兵士は無言のままカノンとディートハルトを捕え、主に道を開ける。
拘束される事無く兵士の一人が盾になるように立ちはだかる背後から、その光景を見つめるの視線の先で、父帝シャルルにしか膝をついた事のないシュナイゼルが騎士の礼を取る。
 ほんの僅かな幕間劇とそれに伴う流血はシュナイゼルの銃から消炎を立ち昇らせて終息した。
何物にも執着する事のない夫を従わせたルルーシュのギアスと言う力に戦慄しながらも、これで不毛な戦争が終わるのだと、大切な者を失わずに済んだ自分への安堵と、支配階級の人間として許されざる思考に嫌悪感を抱きながら一歩ルルーシュに歩み寄る。
「では、シュナイゼル。まずはダモクレスの自爆を解除してもらおうか」
「はい。ですが、フレイヤの制御スイッチはナナリーが…」
 淡々としたシュナイゼルの応えに衝撃を受けるルルーシュに、が一枚のカードキーと電子見取り図を差し出しながら哀しげに笑みを浮かべた。
「ルルーシュ、行って。そしてナナリーを助けて」
「…何故だ?先ほどの事もだ。何故、俺に手を貸す?それ程ギアスが恐ろしいか?」
「ルルーシュ、貴方は初めて逢った時に私が言った事を覚えているかしら?」
 小さく首を傾げるようにして、初めて逢った少女の頃のように微笑むは、悪戯な表情を浮かべた時の神楽耶と確かに似ている。
「『私は私の大切な人達に支配され、隷属する事に慣れて欲しくないの。だから、皆が生き延びる道を探す為の時間稼ぎをする為に来たの』か?」
「本当に、よく覚えてるわね?10年前よ?でも、その通り。そして、その後は私はシュナイゼルに嫁いだのだから、シュナイゼルが守ろうとするものを、私も守ろうと思ったの。でも、シュナイゼルが掲げた平和は人間の尊厳を奪い、支配し、隷属させるものだった。二つの誓いが相反した時、私はこの二律背反に慄いて立ち尽くした。目を背けたのよ。でも、それももう終わり」
「シュナイゼルを否定すると?」
「違うわ。夫が道を違えたらそれを気付かせ、修正するのが妻の務めだと思うの」
 吹っ切れたように肩を竦めたに、ルルーシュも初めて笑みを浮かべ、彼女の手からナナリーの元へと通じる鍵を受け取る。
「この戦闘はもう、止めてもいいのでしょう?これ以上の戦闘は無意味では無くて?」
「いや、俺が戻るまではこのままで。スザクの邪魔をしないでくれ」
「スザクくん?ルルーシュ…貴方達は何をしようとしているの?独裁、ではないのでしょう?」
「世界を、手に入れる」
「明日を望んだ貴方が?日本とそこに住む人々を守ろうと自分を殺し続けたスザクくんが?私にそれを信じろと?」
「…本当に、貴女には敵わないな。後で、説明しますよ」
 小さく呟くように言葉を零し、踵を返したその背はもう、10年前の繊細な少年の物ではなかった。
…君は…」
「あら?ルルーシュが行ってしまったらいつもの貴方に戻るのね?どういう仕組みなのかしら?」
「楽しんでいるのかい?私のこの状況を?」
 この数年、一度として顔を覗かせる事のなかった、出逢った頃の少女の日のような楽しげな表情に困惑し、その長身を屈めて妻の顔を覗き込む。
 だがそれでも、先程のルルーシュのギアスの影響か、解放されたカノンにを拘束する事を命じもしない。
「では、彼が戻るまで、彼の望みがどこにあろうと対応できるように準備をしておきましょう。シュナイゼル、もう、いいでしょう?」
「君は、私の考えに賛同してくれているのだと思ったよ。だからこそ、何も言わずについて来てくれているのだと…」
「いいえ。私は怖かったのよ。そして解らなかったの。何を信じて、どう行動したらいいのかが。そして、貴方の言葉は全てが真実のように聞こえてきてしまう。貴方の都合のいいように捻じ曲げられた真実でも、ね」
「酷い言いようだね?私は皆が望む平和に、より近い形を作ろうとしただけだよ?」
「じゃあ、貴方の望みは何?周囲が望むから私と政略結婚し、皆が望むから宰相として辣腕を奮い、皆が望むから世界から戦争をなくす為と称して恐怖で支配する為の力を得た。じゃあ、貴方はどう生きたかったの?」
 コンソールを不慣れな手つきで操作しながら、夫に問う姿にカノンは昔見た彼女の姿を思い出していた。
少年の日に遠目から見た幼い皇子妃の姿。
故国が焼かれる姿を目を逸らす事無く、拳を握りながら直視し続けた少女の姿。
彼女には、真実を目を逸らさずに見つめる力と現実を受け入れる強い意思があった。
「難しい事を言うね、君は」
 答えになっていない言葉でそれをやり過ごしたシュナイゼルにもう一度、懇願するような視線を向けた後、フレイヤの攻撃目標を変更しようと忙しなく手を動かし始めた。
 感情を見せようとしない妻の哀しげな瞳に、シュナイゼルが何を思ったのかは誰にも推し量れない。
だが、不慣れな様子で動く白く細い手をそっと取り、彼女の為そうとしていた目標変更を事も無げに行う。
その行為だけで妻が自分を裏切り、敵としたルルーシュに加担した事を許したのだと本人とカノンに示したのだった。





お題配布元:ふりそそぐことば
  2008.10.14 紅夜