運命と言うには簡単すぎて

「お嬢様!いけませんっ」
 人間の壁に囲まれながら真っ直ぐに正面を見据え歩を進めていた青年の耳に飛び込んできたのは、切羽詰まった女の声だった。
 この極東の島国、日本に神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルが訪れたのは、一重に父である皇帝の命だ。
この国で豊富に産出される資源、サクラダイトを巡る問題に父の名代として決着をつけにきた。
 皇族として、テロに対する警戒もあっての厳重な警護だ。
女のよく通る声に反応し、声の方向に視線の一斉放火が浴びせられる。
 シュナイゼルらの視線の先には会議室らしき一室。
その扉の隙間から声が漏れている。
「だいじょーぶよ!ちょっと覗くだけだもの。バレやしないわ」
「いけませんっ!大旦那様も、ここでお待ちになるようにと仰ってたじゃないですか!」
「でもね、本物の王子様なのよ?童話にしか生息してないのよ?」
「お嬢様っ!不敬罪ですよ!!」
 侍女らしき女の制止を振り切って扉から後ろ向きに出てきたのは、あどけなさを残した少女だった。
大きく開かれた扉の外の光景に、侍女が大きく目を見開き、次いで素早い動作で年若い主を引き留めようと手を伸ばす。
それを上手く交わした少女だったが、後ろ向きだったのが災いしたらしい。
バランスを崩し、スローモーションのように倒れ、思わず手を伸ばしたシュナイゼルの腕の中に綺麗に収まった。
 自分を支える見慣れない人間の、金色に輝く髪と菫色の瞳を数秒間、瞬きも忘れて見つめた直後、第一声は護衛と侍女の力を根こそぎ奪い、シュナイゼルの笑みを呼んだ。
「だぁれ?」
「君が言う所の、本物の皇子、かな?」
 柔らかな笑みを浮かべたまま、流れるような所作で少女を起こす。
「皇コンツェルン次期当主、皇さんですね?私はブリタニア第二皇子シュナイゼルです。お逢い出来て光栄です」
 長身を屈め、淑女に対する礼を取るシュナイゼルに、は首を傾げ、周囲の大人たちの痛いほどの視線を浴びながら軽やかに笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります。シュナイゼル皇子殿下」
 先ほどの市井の少女達のような振る舞いが嘘のように優美に一礼し、シュナイゼルに応じた少女―若干13歳にして皇コンツェルン次期当主として、広く世間に認知されている現当主の秘蔵の孫娘―である。
 その鮮やかな変貌を唖然と見つめる部下たちを尻目に、シュナイゼルは楽しげな笑みでの手を取り、その甲に優美に口付けた。


 後に白の宰相と呼ばれる帝国第二皇子と、彼のただ一人の妃の、これが出逢いであった。