スケープゴートは綺麗に笑う

 地下資源サクラダイトを巡るブリタニアと日本の資源採掘論争は、平行線を辿り出口の見えない迷路へと進行を続けている。
そんな中、どちらからとも無く発せられた一つの案は切羽詰まったその状況を打破すべく、最良の案として迎え入れられた。
それこそが、ブリタニア皇族とサクラダイト採掘に関わるキョウト六家の一、皇との婚姻だった。
 日本に於いて古くから歴史にその名を刻む皇の次期当主、は未だ13歳。
だが、キョウト六家に彼女以外に相応しい女性はいない。
だが、そこで再び問題が発生する。
 第一位王位継承者たる第一皇子オデュッセウスには未だ正妃が立てられていない。
第二皇子たるシュナイゼルもそれは同様だが、ブリタニア帝国第一皇妃となりうる地位を他国の、それも爵位も持たない子供に与えるべきか否かで帝国内で議論は紛糾した。
それに終止符を打ったのがシュナイゼルだった。
 彼はただ一度、皇帝の名代として訪れた日本で見まえた少女の姿を思い出し、彼女を己が将来打つであろう駒の一つとして認識し、それを掌中に収める為に行動したにすぎない。
 大人達の思惑が交錯する中、13歳の皇家長女はその相続権の全てを幼い妹に託し、遠い異国の地へ単身嫁ぐ事を決意した。



「お姉さま、どちらにお出かけになりますの?」
大きな瞳で見上げてくる妹には常の悪戯な笑みを向け、その柔らかな髪を梳る。
「ええ。神楽耶はいい子でお留守番ね?」
 一言いい、振り返ると妹に向けていたのとは一転、大きな決断を秘めた瞳で居並ぶ大人達を見据える。
「私はこれより、ブリタニアのシュナイゼル第二皇子の妻となります。最悪の事態が訪れた時は、私を切り捨てて頂きます。私も、日本を捨てます。」
 それは事実上の決別宣言である。
最悪の事態、戦争が引き起こされた時に自分の存在など取るに足りぬ路傍の石と変わらない。
そこに活路を見出そうとしても、それは無益なだけでなく相手の悪意あるリアクションを引き出す一手となると、そう言い放った。
 それを正確に読み取った現皇当主と桐原翁は苦い嘆息と共に首肯するしかない。
もしそうなった場合、真っ先に命を落とすのはこの少女である。
それが解っていて、それでも彼女を送り出さねば時間が稼げないのだ。
ブリタニアが日本に与えた時間はあまりに短く、この婚姻はその短い時間をほんの僅かに延長する為の措置でしかない。
そんな状況すら、今の日本は打破すべき力がない。
 末席に控えた藤堂も、細すぎる肩に日本の命運を圧し掛からせたを臍をかむ思いで見送るしかできない。
「じゃあ、皆さん御機嫌よう」
 先日までの幼い言動や表情を覗かせる事無く、大人びた冷めた眼と口調で別れを告げたは、最後に再び神楽耶へと視線を移し、柔らかく笑む。
「お姉、さま…」
「神楽耶、いつか、私達が大人になったら、二人で朝までお話ししよう?その時まで、お別れ。必ず、逢いに来るから」
「…絶対、ゼッタイ?」
「絶対。約束、ね?」
 幼い姉妹の哀しい決別。
2人の再会が遠い未来でない事を、これが永遠の決別でない事を、見守る大人達は祈ることしかできない。


 皇がブリタニア第二皇子シュナイゼルの正妃として迎えられ、・エル・ブリタニアとなって僅か一年後、日本とブリタニアとの間に戦端が開かれ、圧倒的物量とKNFの投入で短期間で勝敗は決した。
 日本の惨敗。
ブリタニアへの属領として、新たにエリア11が誕生したのである。