世界はこんなに薄暗かっただろうか

ただ一人の供を連れたは、一族が所有する別荘の一つに降り立った。
見渡す山々を私有地とし、その中央、飛空艦でもなければ辿り着く事も困難な森の中にそれは存在した。
 山の一部を切り開いて建てられた別荘は古い城を移転、改築して建てられた物で、達兄弟にとっては父との数少ない思い出が眠る場所である。
様、お早く中へ。この時期にいつまでも外に居られますとお風邪を召されます」
 淡々と告げる供は冷えた視線でを見下ろし、慇懃無礼に荘厳な正面玄関へと彼女を導く。
今回のマジックとの確執は一部の団員の知る所となり、『我儘で無能な妹』のレッテルを張られたの護衛役を引き当ててしまった彼は、この貧乏くじに酷く気分を害しているのだ。
早くこの役目を終えて本部に戻りたいと、誰憚る事無く口にし続けている。
「御苦労さま。後は執事のブレイドにしてもらいます。通常任務に戻って下さい」
 感情を表す事無くそう言い放ったは、玄関先で深々と礼をしながら彼女を迎える懐かしい顔に小さく笑み、護衛の手から荷物を奪い取り足を踏み出す。
その背後で鼻を鳴らす音と乱暴に踵を返す足音を聞きながら、いつから自分はこんなに惨めな状態に陥っていたのかと思う。
 父が存命だった頃は、団員達も父の影響力だったとは言え、幼い子供達にも敬意を払っていたように思う。
だが、今回のようにが団員に顔を見せる機会が減るにつれ、稀にある機会にはあのようにして見下される事も出てきたのだ。
お嬢様、長旅お疲れ様でございます。お休みになられる準備も整っておりますが?」
 30代も後半の執事は穏やかな笑みでを迎え、その手からそっと荷物を受け取ると、流れる動作で幼い女主人をエスコートしながら邸内へと導いてゆく。
 このF区に建築された別荘の現在の正式な所有者はであり、父の死後、信用のおける団員の協力の下、極秘裏に名義変更がなされたのだ。
同様にして、兄弟5人全員が何らかの不動産を所有し、一族とは切り離した資産を手に出来るようにしたのは自身の考えだった。
 ハイエナのように子供達から全てを奪おうとする親族から家族を守る為、マジックが人目を集めている間に、それらの手続きを迅速に処理した結果だった。
 一番思い出の詰まった別荘を自分の手元に残したのはある意味において、酷い我儘だったのだろうと思う。
だが、マジックもそれを了承し、大切な思い出の地を残して行こうと話し合ったのは、そう遠い日の事ではない。
「お嬢様?如何されましたか?お疲れでしたら…」
「何でもないわ。ちょっと、庭園を見てきます。荷物、お願いね?」
 杞憂の色を浮かべて幼い主を見つめる執事に首を振り、そのまま今潜ったばかりの扉に向かう。
初夏が訪れ、家族総出で花見をしていた季節がそろそろ終わりを迎える。
その前に、自分一人しかいないが花見をしておきたかった。
それは感傷に過ぎないが、次にいつ、家族でここを訪れる事ができるのか、それを静かに考えたかった。


 咲き乱れる薄紅の花弁は風に舞い、懐かしい時間を想起させる。
だが、その光景の中にありながら、は溢れ出る涙に視界を覆われ、春の日差しが差すはずの場所で、道を喪いそうになっていた。
「いつから、世界はこんなに薄暗くなったの…?」
 呟いた嗚咽混じりの声は儚く、風の音にすら?き消されるほどに小さい。
どこで選択を誤ったのだろうか?
何故、家族と離れ、一人ここにいるのだろうか?
 答えの出ない疑問が浮かび、は力無く桜の木に凭れるうにして座り込む。
「パーパ、一人は、寂しいわ。早く、マジックが迎えに来てくれるように、パーパも祈っていてね…?」
 誰にも聞かれる事のない祈りは桜の花弁と共に舞い上がり、遠く、家族の元に届くのだろうか?