隣を見ても、君が居ない

『約束よ、マジック。ずっと…』
 囁く少女の声に、久方ぶりのベッドでの睡眠をとっていたマジックは飛び起き、朝日に照らされた室内を忙しなく見渡し、直ぐに泣き出してしまいそうな表情で己の髪を乱暴にかき上げた。
 ライラが家を出て既に2か月が経過し、その間、マジック自身が応じていないだけでから弟達にほぼ毎日連絡が入っている。
それもあってか幼い弟達は最初こそ彼女の不在に混乱を見せはしたが、直ぐに落ち着きを取り戻し、新しい日常が構築された。
 がいない。
それ以外の全てがそれまでと変わらず、マジックだけがその日常に取り残されている。
それを感じているからこそ、彼は一言もに関して口にせず、冷淡に執務に没頭している。
そうでなければの不在による不安と焦燥に押し潰されそうになるのだ。
「何故、お前は何も言わないんだ…?僕が、あんな酷い事…。今までなら、直ぐに仕返ししてきた癖に…」
 以外、聞かせた事のない小さな、嗚咽混じりの声は強烈な朝日に溶け、一層マジックの焦燥を掻き立てる。
 このままでいいのか?と問いかける己の声が聞こえる。
守ると誓った家族の一人、ずっと共に在ろうと約束した双子の片割れ。
彼女とこんなに長い間離れて暮らした事など、今までなかった。
だからこそ、不安で苦しい。
 傍にあれば煩わしいと感じる事もある。
だが、隣を見てもがいない、その事実がマジックの少ない睡眠を更に削り取ってゆく。



 がばりと飛び起きたは、冷たい汗を拭い今体験した出来事が全て夢だった事に深い、安堵の息を吐く。
おぞましいと思った。
自分の愛する家族、命をかけて守りたい兄弟達。
そんな家族とのあんな夢、悪夢以外の何物でもない。
こみ上げる嘔吐感に口元を覆い、流れ落ちる不快な汗を拭うと乱暴に毛布を跳ね上げ素足のまま、シャワールームに向かった。
「どうして、あんな夢なんて…」
 生々しく脳裏に刻まれた鮮明な映像に再び嫌悪感が背筋を這い上がり、それを振り払うように乱暴に夜着を脱ぎ捨てる。
ふらりと夢遊病者のような足取りでシャワーの下に立つと、コックを捻り熱いシャワーで悪夢の残滓を押し流そうとするかのようにそれを仰いだ。
「…誰もいないから、だから、あんな嫌な夢、見たんだわ…」
 小さく呟いた声に嗚咽が混じり、眦から流れ落ちた透明な雫はそのまま、シャワーと共に排水溝へと吸い込まれてゆく。
この世に生を受けてから、一度として孤独を感じた事はなかった。
常に傍にマジックがいたのだ。
だが、今は隣を見ても彼はいない。
その事実が酷く不安で、苦しい。


 マジックと、双子の兄妹が同時刻、同じ不安と焦燥に駆られて飛び起きた事を、誰も知らない。
本人達も、永遠にそれを知る事はない。