プロローグ・2

 ガンマ団総本部、医療研究棟の最奥に位置する第9研究室。
ここはガンマ団内でも極限られた者しか出入りする事を許されておらず、それは総帥の御曹司であるシンタローと言えども例外ではない。
 現在、この第9研究室に立ち入る事を許されている者は総帥本人と彼の弟二人、そして医療及び科学部門総括であるDr高松だけだった。
この研究室はDr高松の直轄であり、研究内容を知る部下の一人もいない、言わば禁踏区域である。
 そこに今、新たな者達が足を踏み入れている。
新たに総帥となるシンタローと彼の従兄達、グンマとキンタローでありこの度、科学部門に籍を置く事となった『元赤の番人』ジャンである。
 本来、ジャンは呼ばれてはいない。
だが彼はそれが当然であるかのように同行し、サービスですらが追い返す事を諦めたのだった。
「ここって、昔、どうしても高松が入れてくれなかった研究室だよね?」
 グンマが己の養い親を見上げ、問う姿に高松は鼻血を流しながら別の世界に飛び立とうとしている。
それを引き留めたのはシンタローの驚きの声だった。
「お前も入れなかったって、ここに何があるんだよ?!」
 高松のグンマに対する尋常でない溺愛ぶりは誰もが知る所である。
だからこそ、シンタローは驚愕し未だそれを理解していないキンタローは首を傾げるしかない。
「ここには我々の兄弟が眠っているんだよ」
「兄弟?!」
 マジックの静かな声に年少者の声が上がる。
それに一つ頷きを返したマジックは高松を促し、厳重に施錠された扉を開放させた。
 そこは研究室と言うよりも、誰かのプライベートルームのように設えられている。
まるで、年若い女性の部屋そのままであり、金属質なスリープカプセルが異様な存在感を持って存在している。
「ここは、一体…?!」
「ここは彼女の為に作られた部屋ですよ。名目上は研究室ですが、実際は病室と言った所ですかねぇ」
 スリープカプセルに歩み寄る高松は、手にしたファイルと現在の状態を照らし合わせながら簡単な説明をし、嘆息する。
「変わりはないようですね…」
「高松…この人は、誰なの?」
 不安げなグンマの声は静かに響き、誰もが返答に窮した時、その場にそぐわない明るい声が応えを与えた。
「彼女は、青の一族で唯一の女であり、マジックの双子の妹」
 ゆっくりと歩みよりスリープカプセルの上から愛しむように見つめるジャンの姿はまるで、恋人のようでもあり、父親のようでもある。
「何故だ…?何故、お前がを知っている?!」
 マジックの鋭い声に笑みを浮かべながら、カプセルに接続されたコードをゆっくりと抜いてゆく。
「簡単だ。をこれで眠らせたのが俺だからだ。は17歳の頃、肉体が秘石眼の力に耐え切れず、後は衰弱して死ぬのを待つだけの状態だった。俺はそれを見過ごせなかったんだよ。秘石に作り出されて永い年月を生きてきた。その中で初めての友達だったんだ」
「姉さんと、友達だった…?」
「ああ、行き倒れてた俺を拾ってさぁ、直ぐに俺が何者か気がついた癖に、笑って見逃してくれてさ。世界を知らない俺に、沢山の事を教えてくれた。だから、死なせたくなかった。秘石の影響で弱ってるんだったら、秘石の力で治ると思った。だから、それまでの時間稼ぎのつもりだったんだよなぁ」
 想像以上に時間がかかっちまった、と笑いながらジャンはカプセルを開放し、冷凍睡眠状態で長い年月を過ごした少女を抱き起した。
 一族の例に洩れない、柔らかな金色の髪が滑り落ちる。
、起きろよ。いい加減、寝過ぎだろ。?」
「ん…」
 長い睫に縁取られた青い双眸が眇められ、直ぐに薄い瞼の下に隠れる。
だが、血の気を徐々に取り戻してゆく顔は確かに一族の特徴を色濃く映し出している。
「ジャン…私、どれくらい寝てた?」
「ちょーっと、長かったかもな。どっか苦しい所とかは?」
「その辺は余り変わりがないみたい。ただ、目がよく見えないみたいよ?」
 眉間に皺をよせるようにして、ジャンがいるであろう方向を向く少女は、その拍子にむせ返り細い身体を二つに折り曲げる。
「おっと…まず、これ飲んどけ。約束してた薬。やっと持って来れた」
 少女を支えたままでカプセル状の物を口元に運び、よれよれの白衣のポケットから水の入ったボトルを差し出す。
 一連の動作を茫然と見やっている男達にも気が付かない様子で、少女―はジャンに手を差し伸べる。
「ジャン、私、夢を見たわ…」
「夢?」
「ええ。とても、悲しい夢。貴方がいて、傍には大きくなったサービスがいるの。貴方が死んで、サービスが泣いてる…。ルーザーが死んで、また皆が泣いてる。マジックが一人で全部背負って、皆がすれ違って…。私、マジックの傍にいるって、ずっと一緒だって約束したのに…。ねぇ、ジャン?」
「ん?」
「あれは、夢よね?まだ、誰も…」
 の悲しげな声にジャンも答えあぐね、ただ、抱き起こす手に力が籠る。
「夢じゃない。ルーザーは死んだよ…
「……マジック?」
…」
 記憶にあるよりも遥かに低く、重々しい声に訝しげに眉を顰め、ジャンの腕の中で伸びあがる様にして己の片割れを探す姿はどこか、心許無い赤子を思わせる。
「マジック、なのね?」
「ああ。、私は…」
「マジック…!ごめんなさい…ごめんなさいっ」
 堰を切ったように嗚咽し、謝罪を続ける少女に誰もが言葉を失い、成す術もなく見守っていた。
ただ一人動き得たマジックは、父の葬儀の折に見せた泣き出す一歩手前の表情で彼女に歩み寄り、顔を覆う手を取る。
、それは私のセリフだ。君は何も悪くない…」
「違う!私は約束したわ…!マジックの傍にいるって、何があろうと二人で家族を守ろうって…!なのに!」
「落ち着くんだ。今はまだ、興奮しないで。これから時間はたっぷりある。ゆっくり、話して行こう?君に私の息子達も紹介したいしね?」
 興奮し、己の悔恨をぶちまけ様とする双子の妹に優しく微笑み、ジャンの手からその身体を抱き取る仕種は丁寧で、彼女の記憶にあるよりも遥かに成長した逞しい胸と腕は亡き父を思い出させる。
 それを最後にの意識は再び闇に沈んだが、それはこれまでのような冷たく孤独な闇ではなく、幼い頃兄弟全員で父のベッドに潜りこんで眠った暖かい闇に似ていた。