お味はいかが?

 まだ太陽が完全に姿を現す前、薄靄に陰る時間に不意に目を覚ましたは、上半身を持ち上げながらゆっくりと大きく伸びをする。
肺一杯に吸い込んだ酸素は、再びゆっくりと吐き出され、早朝のひんやりとした室内に拡散する。
 彼女が永い眠りから覚めて1週間、当初は足腰が萎え、自分一人では移動する事も出来ず、車椅子での生活を余儀なくされていた。
だがそれもドクター高松の容赦ないリハビリのお陰でその問題も解決した。
 静まり返った屋敷の空気が動く事を厭うように、そっとベッドを離れ、重厚なアンティークのクローゼットに歩み寄る。
蝶番を軋ませないようにそっと扉を開け、暫しの後、同じように静かにその扉を閉め、ずるずるとその場にへたり込む。
「マジックの仕業ね…。誰が、こんなの着るのよ…」
 の言葉通り、クローゼットの中のワードローブは、つい先日マジックが嬉々として揃えた物だ。
白とピンクを基調としたパステルカラーの海に、フリルとレースの洪水。
双子の兄のメルヘンな趣向が大爆発だ。
「確か…確かサービスがプレゼントしてくれた服が…」
 ゴソゴソとクローゼット内を探り、奥から引っ張り出したワンピースに安堵の吐息を洩らす。
マジックの真似だと笑いながら末の弟が持ってきたのは、レトロな趣の上品なラインのワンピースだった。
過剰な装飾は一切なく、シンプルながらも絶妙なカッティングでロマンティックな雰囲気を演出している。
これにしても、にしてみれば乙女趣味と言えなくもないが、マジックの用意した服よりも好みにマッチしている。
 手早くワンピースに袖を通し、身なりを整えると足音を忍ばせ、本日最初の目的地へと踏み込んだ。


 軽快なリズムがキッチンに溢れ、は扉の向こうから静かに見守る視線にも気が付かず、いつの間にか小さくハミングしながら舞うように動き、手慣れた様子で大量の朝食を作り上げてゆく。
 それを笑みを浮かべながら見守っていたマジックは、遠い昔、自分が必死にガンマ団総帥たろうと足掻いている時、決まってはあの歌を口ずさみながらキッチンで彼の為の食事を用意していた。
時には苛立ちをぶつけた事もある。
彼女の我慢の限界を突破させ、同じだけの罵声を浴びせられた事もある。
それを思い出し、クツリと笑みを漏らしたマジックに振り返ったは軽く睨む真似をしながら招き入れる。
「覗き見なんて紳士のする事じゃないわ。マジック、一緒に朝食の準備、しましょ?」
 お玉を突き出しながら笑みを浮かべる双子の妹に首肯し、それを受け取ると、呆れたように彼女が用意した朝食の大軍を見渡す。
「こんなに、どうするつもりだ?」
「まだハーレムもサービスもいるでしょ?ジャンもいるし、シンタローさんやキンタローさん、グンマさんもいるんだもの。これくらいあってもいいと思わない?」
「いや、いくらなんでも作りすぎだよ…」
 マジックが呆れるのも肯ける量である事は間違いない。
それを一人で楽しげに作り上げた事も驚きだが、見渡して一言。
「これでも足りるか心配だったのに…」
 成長期の自分達の食欲旺盛ぶりが偲ばれるセリフである。
項垂れるマジックを余所に、は再び朝食作成に取り掛かり、小皿に取った味見用のスープを口に含んでいる。
それを見やったマジックも、彼女の手ごと小皿を持ち上げ、自分も同じように口に含んでみる。
今でこそ、何でもない仕草なのだが、彼女が自分達と同じ時間を過ごしていた過去、マジックはキッチンに立ち寄る事もなく、差し出される食事を機械的に口にしていたに過ぎない事を考えれば、意外な光景とも言える。
そのマジックが手ずから料理を振舞い、を心底驚かせたのはつい最近の事だ。
「お味はいかが?」
「相変わらず、君の味付けは魔法みたいだね。この味にしようとして何年も頑張ったんだがね…」
「ダメよ。マジック、あんなに美味しいお料理作るんですもの。このレシピは上げない」
 クスクスと楽しげにマジックを見上げるはそう宣言し、最後の仕上げに取り掛かる。
 どう見てもパーティー用に見える料理の大軍は丁寧に盛りつけられ、朝食のテーブルに並べられるのを待ち構えている。
「シンタローさんも、覗き見なんて非紳士的な行為は止めて、料理を運んで下さいね?」
 戸口から父と自分より年下の父の双子の妹を見守っていたシンタローに宣言し、自分はフリル過剰なエプロンを外しながらキッチンを後にする。
食堂への移送は兄とその息子に任せ、低血圧な末っ子と夜遊び好きな弟を叩き起こす為、本日の次の目的地に足を向けたのだった。




料理を全くしない人間が朝食作りの光景なんて描ける筈もなく…
違和感があってもさらっと流して頂けると嬉しいorz