なんてジャストタイミング

 ハーレムが例によって例の如く、競馬で大負けをして長兄の財布を当てにして数週間ぶりに屋敷に戻ると、出迎えたのは満面の笑みの姉だった。
どこからハーレムと特戦部隊の帰還を聞きつけてきたのかは想像に難くないが、それでもタイミングが良過ぎる。
重厚な扉を開け放つと正面で小柄なが仁王立ちしていたのだ。
「ハーレム!待っていたの!」
「ぁんだよ?姉貴?」
 幼い頃の記憶でも、はハーレムが帰宅すると玄関先で待ち構えていたかのように彼を出迎えていた。
魔法だとかテレパシーだとか、適当な台詞で笑う姉は健在で、今も同じ笑顔で弟を待ち受けている。
「ハーレム。お花見をします」
「…イキナリだな」
「いきなりでも何でもいいの。だから、サービスを迎えに行って来て。ついでにジャンも」
 『花見』の意味はハーレムも覚えている。
がF区の別荘に居を移すまでは毎年、欠かさず行っていた恒例行事である。
一家総出での花見の思い出は、当時幼かったハーレムとサービスの記憶にも残っている。
だが、当時のそれは随分前から予定を組み、綿密に調整をして執り行われていたと記憶している。
「昔みてぇな予告はねぇのか?」
「ありません。シンタローさん達のお休みはマジックが確保してくれたわ。準備は全部、マジックプロデュース!昔より人数も多いから盛大よね!」
 浮かれながらハーレムの腕に自分の手を絡め、長身を見上げる姿は素直に愛らしいと思える。
長兄の双子の妹だとか、幼いころの自分達を育てた一人だとか、それらを忘れてしまいそうになるくらい、少女の姿をした彼女は愛らしい。
「わぁ〜ったよ。迎えにいきゃぁいいんだろ?」
 その前にちょっと休ませろと鬣を思わせる金色の髪をかき上げ、嘆息する。
彼の双子の弟であるサービスも、自分が現れたとなるといい顔はしないだろうが、の召集となったら別だ。
何をおいても駆けつける事は目に見えている。
それ程、彼ら兄弟はこの姉を愛している。
それと同時に、恐れてもいる。
 幼い頃の記憶ではあるが、拭いようのない絶望を今も、ハーレムは覚えている。
姿を消した姉、冷たい眼をした長兄、遠くを見つめたままの次兄、途方に暮れてお互いの手を握り合った自分と双子の弟。
 姉と再会した時、彼女は目覚める見込みのない、永遠にも等しい眠りの中にいて、決して微笑み返してはくれなかった。
そして彼ら兄弟は初めて、長兄であるマジックの嗚咽を聞いた。
マジックと眠れる、二人だけになった部屋で長兄は姉に縋りつき、噛み殺し損ねた嗚咽と共に悔恨と懺悔を口にしていた。
扉の外からそれを目撃してしまった兄弟達は、今持って見た事を後悔し続けている。
それと同時に、彼女を救う事が出来なかった自分達に対する断罪を…。
「ハーレム?ハーレム!」
 忘れ得ない過去に捉われ、白昼夢を見ていたらしいハーレムを現実に引き戻したのは本人だ。
「…あ?」
「あ?じゃありません。痴呆にはまだ早いと思うの」
「ボケてねぇ!」
「気をつけてね?老後のお世話はしてあげるつもりだけど、やっぱり少しでも楽な方がいいし」
「…なんの心配をしてんだ?」
 サービスを迎えに行くと言う任務と、過去の幻影に捉われシリアスな心境になっていたハーレムを見事に翻弄した揚句、笑えないボケに突っ込む気力すら奪われる。
「とにかく、サービスとジャンを迎えに行って、どこに向かえばいいんだ?」
「F区の別荘」
 さらりと発せられた場所に、ハーレムは口元に運んだ煙草を取り落とし、自分の胸にも届かない姉の青い瞳を凝視した。
『F区の別荘』、彼ら兄弟の悪夢が眠る場所。
「なん、で…?」
「お花見はF区でって決まってたじゃない?あそこが一番綺麗なんですもの」
「けど、あそこはっ!」
「…皆が私の顔色窺ってるの、気が付かないと思った?」
 伏せられた睫毛の影から覘く瞳は陰り、寂しげに揺れる。
それはハーレムに罪悪感を抱かせると同時に、確信させる。
『あぁ、やっぱり』そんな言葉が脳裏に浮かび、奥歯を噛締める。
覚悟を決めなければ、自分達はこの姉の断罪を享受しなければならないのだから。
「マジックもずぅっと私を見てる。いつ、私が昔の事を言い出すかって。今回、私がお花見をしたいって言い出した時も、すごく真剣な顔をして、別の場所にしようって言ってた。でも、それじゃあ駄目だと思うの。あの時、私は誰にも言えない秘密があったわ。今も、本当は言いたくない。でもそれじゃあ何にも変わらない。変えなきゃ!私達、家族なんだもの」
 ね?と見上げてきた姉の姿に胸が痛くなる。
細い肩を引きよせ、胸の中に仕舞いこむようにして抱き締めると、華奢な白い腕が背中に延ばされ昔そうされたように優しく上下する。
「…ずっと、一人にしててごめん」
「大好きよ、ハーレム」
 首筋に埋めるようにした唇から零れおちた小さな声に返された応えに、泣きたくなるような気持ちになりながら抱きしめる力を少し、強くした。


 息子を溺愛するのと同様に、もしくはそれ以上の激愛でもって双子の片割れを愛するマジックがハーレムの手からを奪い取る為に現れるまで、あと数秒。