幸福なくちびるの持ち主

「サービス!遅刻よ」
 ハーレムに拉致同然に連行されてきたサービスは、顔を合わせた瞬間の姉の一言に無意識に詰めていた吐息を一気に吐き出した。
迎えにきたハーレムから、が『花見』をF地区の別荘で行う事を宣言し、その為に彼が差し向けられたと聞いた時、美しい顔を歪め、大切な、大好きな姉の召集に背こうとした。
それを覆させたのが共にいたジャンの笑顔でもあった。
 それでも緊張は拭えず、ハーレム共々妙な緊迫感を保ったまま、の待つF地区へと降り立ったのだ。
 開口一番に言い放ったは、満面の笑顔で双子の弟達とジャンに歩み寄り、次いでハーレムとサービスの緊張の面持ちと、ジャンの堪えようともしていない苦笑を順に見やる。
意地悪く肩を竦めるだけで状況を打開しようともしないジャンを軽く睨み、長身の双子を見上げる。
彼女がそうした瞬間、二人は無意識に腰を屈め、姉の手が頬に苦も無く届く高さにあるお互いの蒼い眼と見合ってしまう。
「ハーレム、サービスを連れて来てくれてありがとう。ついでに、ジャンも。疲れたでしょう?今ね、マジックとシンタローさんが最後のお料理を作ってくれているの。もうちょっと掛るから、休んでいて?」
 ついで扱いされたジャンが階段脇から恨みがましく見つめているが、それをさらりと流したは、ハーレムの精悍な頬に柔らかなキスを落とす。
至近距離から弟の瞳を覗き込み、満足げな笑みを再び浮かべ、次いでその手をサービスへと伸ばす。
「ねえさん…」
 呟くサービスは、美しく整った貌を緊張に歪め無意識に視線を泳がせる。
それを遮るかのように、両手で支え、ハーレムにしたのと同じように頬に軽く唇を寄せる。
その際に指先に触れた髪に隠された傷痕。
左手をゆっくりとずらし、顔の半分を隠す金色の髪をかき上げようとした。
反射的にそれを遮ったサービスの手がのそれを撥ね退ける。
「サービス…お願い…」
 息苦しさを覚えるほどの沈黙を破り、震える小さな声で、真摯な瞳で、自分を見つめる姉にとうとうサービスが折れ、投げ出されたその小さな手を、再び自分の頬へと導く。
その行為にどれ程の苦痛と勇気が伴うか、隣で静かに見守っていたハーレムが痛みを覚えたほどだった。
 ゆっくりと退けられる艶やかな金色の髪と、顕わになる虚ろな眼窩。
ぽっかりと空いたがらんどうのそれに、初めての顔が歪む。
嫌悪と同情ではない、後悔と哀しみ。
秘石眼を自ら抉り出した時に見た、長兄と同じ眼。
「姉さん、これは姉さんのせいじゃない。兄さんのせいでもない。僕が弱かったせいなんだ。だから、」
「違う!私は、約束したの!マジックと一緒に、家族を守るって、約束したのに、破ったの…。お姉ちゃんなのに、怖くなって逃げたの!傍に、いなきゃいけなかったのに…」
 はらりと一滴、涙を零したライラは、空洞となったサービスの眼に唇を寄せる。
幼い頃によくそうしたように、眼球と一緒に失われた瞼にキスをする。
「ごめんね?サービスも、ハーレムも、傍に居なくてごめんね?ルーザーを守って上げられなくてごめんね…。マジックを支えてあげられなくてごめんね…」
「姉さん…」
「…姉貴だけのせいじゃねぇよ。みんな、餓鬼だった。兄貴や姉貴だって、全部を守れるような歳じゃなかったんだ」
 呟くような、不貞腐れたようなハーレムの言葉だったが、それにも涙に濡れた頬を赤くしながらは被りを振る。
「それでも…」
「それでも私達は守りたかったんだ。家族を、私達が唯一安らげる場所を」
 の言葉を引き取る形で階段上から発せられた憂いを帯びた声。
ゆっくりと階段を降り、自分を見上げる双子の片割れの肩を抱き寄せると細く華奢なそれは、はっきりと震え彼女の悔恨と悲しみを伝えてくる。
「パーパが欠けた場所を埋められるとは思っていなかったの。でも、5人だけの、狭い世界でいいから護りたかったのに…」
 嗚咽を堪えながら、マジックの胸に凭れるようにしながら呟くライラの耳に、第三者の嘆息が響いた。
「俺から言わせれば、全員が子供だったんだよ。自分以外の家族を思うあまり、臆病になってフラストレーション貯めて、挙句の果てに自分で築き上げた迷路に迷い込んで出口を見失った」
 階段に腰を降ろしたままで肩を竦めるジャンは、サービスの咎めるような視線も正面から受け止める。
彼の脳裏には彼しか知らない、絶望の涙を流すの姿が昨日の事のように思い出されている。
「ジャン…そ…」
 がジャンが繰り出そうとしている残酷な事実を伴う言葉のナイフを遮ろうとした瞬間、ごきゃっと言う素晴らしく鈍い音と共にジャンの首が不自然な方向に傾く。
「ジャン?!」
 兄弟達は慣れたもので、顔色一つ変えずにその光景を見遣っているが、一人だけが驚愕の声を上げる。
友人の傍に駆け寄りたくても、その肩はマジックに抱かれたままで身動きもできず、呆然と足を上げたままの犯人を見上げるしかなかった。
「シンタロ…さん?」
「チンの分際で偉そうだな?あぁん?」
 遥かなる高みから睥睨するシンタローの姿と色々な所からいろいろな汁を垂れ流しているジャンは、外見上の類似が多いだけに異様である。
「それより、いい加減グンマが痺れ切らしてる頃だぜ?」
 移動を促す声は、家族にだけ向けられる気安さに満ちていた。