夢の続き 舞い降りたるは天使か、悪魔か・2

 寝起きの為もあるだろう不機嫌極まりない誰何にも動じず、ダンテは唇の端だけを上げる笑みを浮かべる。
「それはこっちのセリフだな。俺の部屋に何をしてくれたんだ?お嬢さん?」
 人が扱うには大きすぎる銃を手にしたまま、ドア枠に凭れかかりながら問う姿に女の視線が刺さる。
そこで、彼女のダークブラウンの瞳が陰り、次いでそれまでの鋭さが嘘のように見開かれる。
大きく見開かれた瞳のまま、ベッドから飛び降り、戸口のダンテとレディを押しのけるようにして階下に視線を走らせる。
「ちょっと、貴女…?」
 流石に様子がおかしいと訝ったレディが声を発するが、それをダンテが押しとどめる。
女はダンテを押しのけた不自然な格好のまま、手をついた呼吸する壁『ダンテ』に縋りつく。
震える肩は細く、彼女の就寝スタイルであろうキャミソールとショーツから伸びる手足はしなやかであり、ダンテの目を楽しませる。
 軋みを上げる錆びた機械のようにゆっくりと視線を巡らせ、レディのオッドアイとかち合うと、更にその瞳が不安に揺らめく。
まるで、迷子の子供のような色。
「おい」
 低く、頭上からかけられる声に再び視線を巡らせ、ダンテのアイスブルーの瞳に出会い、その自然界に於いて不自然極まりない銀髪を凝視したのち、一言も発する事無く身を翻し窓辺へと走り寄る。
 逃げるのか?とダンテとレディが身構えるが、それは裏切られ、彼女は跳ね上げたブラインドの向こうに広がる光景に見入り、そのままへたり込んだ。
「おい…」
 いい加減にしろと言いたげに呟かれたダンテの声に、女が再びゆっくりと振り向き、疲れ切った表情で問う。
「ごめん…。ここ、どこ?」
 場違い過ぎる問いが室内に落とされ、次いで女の眼前に赤が広がる。
ダンテが彼女の前にしゃがみ、そのアーモンド形の瞳を覗きこむ。
嘘や誤魔化しの一切を許容しないとその視線は語り、女の呼吸を奪う。
「まず、一つ答えろ。あんた、悪魔か?」
 ダンテの問いにコテンと首を傾げ、その意味を咀嚼するように脳裏で復唱する。
意味を飲み込んだらしい女が驚きに眼を瞠り、次いでゆるりと首を振る。
 通常、現実的な者ならば『悪魔』などと言われれば抽象的な意味として捉える。
だが、この女はそうした過程を飛び越え、言葉そのままの存在として捉え、否定した。
これはこの女が『悪魔』であるか、『その存在を知る者』であるかと言う事になる。
そして彼女の不自然極まりない登場は人間には不可能である。
素早くそれらを判断したダンテとレディは、お互いに目配せする事も無く再び銃を構える。
「悪魔じゃないったら!」
「人間にしちゃぁ、随分アクロバティックな登場じゃないか?」
 至近距離から向けられる長大な銃に恐れをなしたのか、女は初めて声を張り上げ、ダンテの揶揄に唇を尖らせる。
「本当だもの…。どうしてこんな所にいるのかすら解らない。日本から出てないのに」
 拗ねたように唇を尖らせながら言い募る様は幼子のようで、ダンテとレディ、二人から警戒心を奪い取る。
「…取り合えず、着替えたら?話はそれからにしましょ」
 嘆息混じりのレディの声にダンテがニヤリと唇の端を上げ、女は己の姿を見下ろし、ダンテを見遣り、甲高い悲鳴をスラムに響かせたのだった。